2017年9月13日水曜日

Simpsonsは泣かない

アニメータに涙の描写を依頼するときには、一滴って明記するようにしている。
でないと、バカみたいな量を描いてくるから。

Matt Groening副音声何度もこの点を強調していた。

Simpsonsのお涙頂戴話にほっこりとする度、考え込んでしまうことがある。
有名なエピソードにS2E19:Lisa's Substituteがあるが、
脚本家は「こんなにも反響があるとは思っていなかった」と言う。
非常勤講師がリサに渡す一枚切りのメモについては「意味がわからなかった」そうだ。


Simpsonsの脚本家はハーバード卒のエリート揃い
ホーマーを演じるダン・カステラネタのギャラは一話につき3000万円だ。

実際には、なんて僕らと遠いのか。
これだけの距離があると、相手の本当の顔は見えない。
間を繋ぐのが「いい話」でしかないなら、尚更疑ってかかるべきだ。
泣いたふりして、泣かされているだけじゃないのか。

自分の感受性に自信があるからか
これが一級のショービジネスでしかないとしたら、
悲しくはないか。

事実、Cohenは言っている。
テレビ業界にいると、社会を腐敗させる片棒を
担いでいるような気分になると


じゃあ、なんで、何が書かれていたんだ。僕は悲しかった。
作られた感情のリアリティは、どこに根拠を持つべきなんだろうか?

Simpsonsの場合、そのリアリティは演出で担保されているように見える。
S1E2:Bart the Geniusの試写会ではキャッチボールの明かりに手応えを覚え、
S2E17:Old Moneyでは、しわくちゃになったAbrahamの手を映す。
彼が老いている現実を、視覚的に突きつけて納得させているのだ。
もちろんSimpsonsはただのアニメだが、
このアニメには唇がある。
上の歯は動くべきじゃなければ、人がバカみたいに泣くべきでもない。
リアリティのために労を惜しまないのがSimpsonsだ。
彼らの精巧な仕事に、僕が感銘を受けてしまうのも仕方なし。
簡単にリアリティを担保する早見表まであって、なんてシステマティックなんだ!


以上、だいたいの人が納得してしまうだろう話だ。
でも、Simpsonsの感情にリアリティがある根拠は、もっと深いところに見つけられる。

ヒント①
以下のエピソードには共通点がある。
・S1E2:Bart the Genius
・S2E19:Lisa's Substitute

ヒント②
以下のキャラクターには大切な違いがある。
・Bart
・Lisa

ヒント③
S2E1:Bart Gets an "F"


このBartの感情にはグッとくることだろう。
バカみたいには泣かせたくない彼らの、彼らなりの「リアリティ」があるからだ。

You don't understand. I really tried this time.
君らにはわからないんだ。僕は本当に努力したのに。

Simpsonsの「リアリティ」で本当に特徴的なのはここのところで
僕らの知性には限界があり
頭の良い人も、悪い人もいるということ。
そして、そこには差別の現実だってあるということ。
初めて気が付いてBartは絶望したのだ。
Lisa's Substituteで、HomerがLisaに共感できない理由もここにある。
残酷かもしれないが、知性が違えば違う生き物なのだ。

この「リアリティ」は、おそらくハーバード卒のエリート達にも共有されている。
むしろ、数学の世界に身を置いていた彼らにはもっと身近で
切迫した問題であったはずだ。
サイモンシンは「数学者たちの楽園」でCohenに尋ねている。

>研究の現場を離れて、後悔していますか?

Cohenの答え…

この世界に自分が存在した痕跡を残すもっとも気高い方法は、
世界に関する知識を増やすことじゃないか。
わたしがそれをやれていたか?たぶんそうはならなかったのだろう。
だとすれば、こうしてたかがコメディの脚本家をしている
自分は賢明な判断を下したのだ。

賢明ではなかったと、僕なんかが考えてみたところで、彼らもバカみたいには泣かない。
だから、一滴だけ零すことにした。
頭にはクレヨンが詰まった。たとえサルみたいになっても
僕たちは元気です。